2009年3月14日土曜日

3月13日ご縁があり信貴山におまいりし貫主から私が夏に行う予定の秘密の行に使う貴重な仕具を頂きました。そのうえ自ら山内を案内していただき極秘の行場も案内していただきました。此のとき信貴山には私がご縁をいただいた多くの仏様が祀りされていることに気がつき強い尊崇の念を抱きました。

2009年2月18日水曜日

先祖供養

先日護国寺で涅槃会のあと数名の先祖供養をしてもらいました。うしろから拝んだのですがなにか仏様に届いた感じがしました。われわれも大きな行の前は先祖供養をします。般若心経を最低でも千巻あげます。いまある行の準備で800巻目をあげていますが非常に有難い気がします。時間は100巻で1時間かかります。でもそれだけのことは感じます。みながそれぞれ先祖供養をしていけばせんぞはつきつめればただ1対になり更にその先はミトコンドリアなどまでいくのですからここまで供養できれば世の中がかならずよくなることは当たり前と思えてきました。あとで此のとき参加した若い女性に聞くと欄間のうえにあった如意輪観音さまのお口がみなのお経にあわせて動いていたと言うのです。私もなにかお像が不思議な感じに見えたのですがこういうことがおこっていたとは・・・。不思議なことでした。

2009年2月14日土曜日

行の前の心の持ち方

8月から大きな行に入る準備に取り掛かりました。なかなかぴたっとした気持ちになれないでいたのですがやっと最近自分を明治ぐらいの行者にみたてることでその気持ちの区切りがつきました。いつまでも俗人の気持ちのままでいたので行とのギャップになじめないでいたのが分かりました。いくら身の回りの準備をしても肝心の根っこの心の部分がゆるゆるではいい行に入れないのはあたりまえだったのです。じぶんを明治期ぐらいまでの本当の行者とみたてることでなにか一本心の心棒が通ってきました。心の持ち方とは本当に不思議なものです。書などでも心がそのままあらわれるというのはこういうことだと思いました。

2008年12月22日月曜日

友人の死

最近親代わりの友人が10年の癌の闘病ののち死にました。導師をたのまれたのですが通夜の席上山本玄峰老師の「人間70よりは80,80よりは90、90よりは100、100よりは死んでからじゃ」と言う言葉をおしえました。遺族は故人はこれからだとわかりおおいに勇気付けられたと言うことでした。また翌日諷誦文のなかで「代受苦の菩薩として10年を生き抜いた」と故人をたたえました。遺族はことのほか喜んでおられました。そうです理不尽な病,事故にあった人は他人とくらべて妙に卑屈になることはないのです。そのひとは周りの人の業を代わって受けてくれたヒーローなのです。むしろ堂々としていていいのです。此の故人の遺族も「親しい人の業を取っていったと思います」と出棺の挨拶をしました。また故人の家族は葬儀の数日後故人がお不動様と一緒の夢をみたといいます。有難いことでした。

2008年12月4日木曜日

黄不動の不思議

「先日東寺で中天相承悉曇講傳があり第1回目を受講した帰り大阪市美術館で開催されている「国宝三井寺展」にいってきました。三井寺門外不出の秘仏「黄不動」(国宝、)が拝観できるからです。毎週護摩を焚いているものとして日本三大不動の一が拝観できる機会を逃すわけにはいきません。美術館は平日にもかかわらず多くの天台檀徒で混雑していました。
いろいろすばらしい展示があり何度もたちどまりながらしかし時間がなかったので1直線に黄不動のところにいき拝みました。この不動尊は天台五代座主円珍が若き日、比叡山で12年の籠山行中岩窟で感得されたものです。両眼をカッと見開いた黄色の等身大のお体で虚空に直立されています。「胸に条帛を着けず、天を向く二牙を持ち両目をカッと見開く図像は、まったく儀軌にあてはまらないもの。隆起した筋肉質の体といい、足下に何も踏まない構想といい、いかにも虚空示現の伝説にふさわしいもの。」と解説されています。そしてそのお姿を刻した秘仏、等身大の黄金の不動明王立像も展示されており拝することができました。何度も拝みました。
そしてここからが不思議なのですがこの5日後の一昨日金沢文庫の釈迦遺跡展を拝観したときなんとこの三井寺の黄不動について『黄不動口伝』という文書が展示してあったのです

2008年11月21日金曜日

不二ということ

西新井大師で大師招来の現図曼荼羅の平成版原寸大の巨大複製が15年かけて完成したというのでその製作者の中村師のはなしを聞きました。師によると胎蔵曼荼羅の裏は金剛曼荼羅の表であり金剛曼荼羅の裏は胎蔵曼荼羅の表であるということです。すなわち金胎不二ということです。

よくよくかんがえると生と死もこのような構造になっているのではないでしょうか。生のうらは死の表。死の裏は生の表すなわち生死不二というように。

また煩悩と覚りも同じように悟りの裏は煩悩の表、煩悩の裏は悟りの表ともいえるのではないか即ち煩悩即菩提というように、と思い至りました。

2008年11月17日月曜日

法縁の深さ

先日護摩堂で護摩の準備をしていたところ何組かのおまいりがありました。

お参りする人たちも家族でという方はそう多くありません。そんな中すっきりした感じの3歳くらいの子供をつれた若夫婦とその母親がお参りに来ました。わたしはいつものようにお祀りしている閻魔さまやお不動様のことを諄々とおはなしし仏様は祈れば何でも助けてくださることを伝えましたが最後にそのお婆さんが「じつはわれわれは浄土真宗の寺のものです」というのです。

釈迦に説法とはこのことです。なにか熱心にきいてもらったのが申し訳ない気もしましたがその方たちは「いいおはなしをきかせて戴きました。とくに閻魔様が老人、病人、死人になって人生の真実を教えていると言うことは知りませんでした。たいへん参考になりました。」と感激してくれました。

そしてなんとこのかたたちのお寺は鹿児島に在るといいます。私も岡山の寺をでてこうして東京でふらふらしているのですというとこの方たちも一度寺を出たがいまはまたもどってお母さんが尼さんとして寺を守っているというのです。

鹿児島は私も数十年前一年間だけ勤務したことのあるところです。寺を出たと言う境遇も似ていて何か大変懐かしい気持ちになりました。何十年も昔が甦ってくる気がしました。

そもそもこうして護摩と焚いているところは浄土宗の寺です。浄土宗大本山増上寺は子供が小さいとき家族で散策をかねて何度もお参りに行ったところでもあります。

また岡山の寺をでて40年後のいまでも不思議なご縁で地元の自治体のかたとのつながりも復活しています。
法縁無尽とは此のことです。