2010年3月9日火曜日

一尊法伝授の種子の夢

一尊法伝授の種子の夢
どこかのお寺で一尊法の伝授を受けており、そのご本尊の種子を僧から聞かれ一生懸命思い出そうとしている夢を見ました。胎蔵大日の阿でもないし金剛界大日のバンでもないし観音様のサでもないしと考えているうちに眼が覚めました。

2010年1月31日日曜日

大般涅槃経と瞑想による「涅槃」の意味

2月15日涅槃会に際して大般涅槃経を何度も読み返し瞑想するなかで次のような考えに到りました。大般涅槃経では「お釈迦様は涅槃のお姿をお示しになることで我々衆生に「他者の為に尽くすという利他心つまり仏性を開発すれば生死は越えられる。仏性は不生不滅、常楽我浄であるから。」とかいてあります。この意味で、全ての死者も利他行に励むかぎり仏性にたちかえっているのだから本当は死んでないといえます。そして過去の無数の非業の死者は他者の業を代って受けてくれた代受苦の菩薩であり、すべての生者も死者も仏性という原点に立てば一心同体であるといえます。

2010年1月29日金曜日

昔の世話人さんの家のゆめ

不思議な夢をみたので記録しておきます。生家の寺の下にある世話人さんの家の庭に巨大な熊野のご神体のような石碑が三基立っている夢を見ました。そのちかくの家も石造りの御殿風のうちを建てていました。

2010年1月28日木曜日

御修法の座布団の夢

御修法の壇のうえにある阿闍梨様の座った座布団を何枚もつなぎ合わせておおきな布にしている夢を見ました。実際に御修法で座布団を敷かれているかどうかはわかりませんがそういう夢を見たのです。そのあとは20名位の僧侶が伝授を受けているような夢でした。なかで頭を剃った僧侶がかいがいしく世話役を勤めています。よくみると生家の寺の近くの禅寺の跡取り息子です。高校卒業以来40年もあっていない人でもともと全く交際も無い人です。どうして出てきたのか不思議なことです。

2010年1月18日月曜日

夢三題

1月18日昨夜久しぶりに有難い夢を見た。
最初の夢は大きな広い護摩堂で正面に之も大きなお不動様がおられその前で護摩を焚いている夢だった。途中で僧がおおきなもろぶたに山のように重ねられた祈願札をはこんできた。

そこで次の夢にうつるのだが次は自分がおおくの僧侶と共に並んでお経をあげている夢だった。隣りの僧侶は紫の衣をきておりなぜか師僧に似ていた。またなぜか自分だけ衣の色が緑色で紫衣の僧たちは日蓮宗だと思ったのだった。

3番目の夢はおせわになっている老尼がでてきてそのひとにわたしが少し待っててくださいすぐ帰ってきますといい掃除に出かける夢だった。

2009年11月28日土曜日

高尾山結縁灌頂のご本尊

今日28日(お不動様の日でもあります)10月6日に僧侶だけで受けた高尾山神護寺での結縁灌頂でご縁を戴いた仏様の種子が事務局から送られてきました。オンという金剛宝菩薩の種子でした。自分では投華のあと目隠しをとられて曼荼羅を見たとき樒の落ちたところは金剛法菩薩と思い込んでいたのです。ところがこのときの曼荼羅は常のように上下が東西になっているのでなく南北になっていたのです。従って大日如来の上は宝波羅密菩薩でそのうえが金剛宝菩薩となっていたのでした。10月4日に求聞持を無魔成満してすぐにこの結縁灌頂に臨んだため虚空蔵菩薩様にご縁を結ばせていただけるかもしれないと思っていたのですが自分で曼荼羅を見てさらに承仕の僧が「コンゴウホウボサツ」といったので曼荼羅の位置からしても金剛法菩薩だとおもいこんでいたのです。法菩薩は観音様の化身でもあり観音様と結縁したのだと思っていたのです。ところが今日やはり虚空蔵菩薩様の金剛宝菩薩様と結縁していたとわかりなにかじわーっと喜びが沸いてきました。 
 奇しくもこのあとかさねて郵便が届き、太龍寺で私の前に行をされたT師から求聞持行者の書がおくられてきたのです。市川覚法師「修行1200日」藤谷宗澄師「智慧をもとめて」などです。いずれも相当の行をされている内容でした。
 やはり求聞持行はただの行ではありませんでした。

2009年10月9日金曜日

求聞持成満

8月15日開白、10月4日結願で四国21番阿波太龍寺にて求聞持無魔成満しました。自分自身のみでなく周囲すべての条件が整ったことに限りなく法界のご加護を感じ強い報恩の気持ちを持ち山をおりてきました。

2009年7月23日木曜日

蘇加持と皆既日食

7月22日某所で「蘇加持」に立会い、皆既日食を見、「蘇」を戴きました。行者冥利につきる日でした。このようなすごいことがわが身におころうとは一年前までまったく予想もしていませんでした。

2009年7月18日土曜日

法会の夢

夢で多くの僧が何種類もの法会に参加している夢を見ました。当方はお大師様のことを勉強する会に参加していたのですが他にも得度式のようなことをやっていたり、伝法灌頂のような法会もやっていました。

2009年7月14日火曜日

儀軌のすごさ

12日護摩をたいていたら多くの護摩木があがりました。その日はこのあと行にはいるので3ヶ月くらい休むことにしている最後の日でした。とくに念をいれてお不動様にこれらの方の願いを叶えてくださいと拝みました。なかにその日におこなわれる都議会議員選挙の自民党候補者の名がありました。その寺の縁者らしくいつも壁にはその議員のポスターがはってありました。わたしは自民党はきらいですが護摩札のお願いを自分の価値観でつぶすわけにいはいきません。これも虚心にお願いしました。札が燃え尽きるまでなんども御真言をおとなえしました。拝んでいるうちにそれぞれのねがいは必ず叶えられると確信しました。
 翌日新聞をみるとその候補者は世田谷区で上から3番目でしたが当選していました。普段護摩には来たこともないひとでしたがお不動様のお蔭を戴いたのです。
 またいつもくる若い女性も心配して拝んでいた親の状態が最近非常によくなったと感謝してくれました。
 これらは私の法力でもなんでもなくすべてお不動様仏様のおかげです。そしてそのお蔭がこのようにはっきりといただけるのは偏に師から伝授をうけた儀軌どおりにおがんでいるからです。密教のすごさはありがたさここにあるということをあらためて身をもって体験させられた日でした。

2009年6月24日水曜日

どこに連れて行くのですか

今朝の行中にふと「大慈悲三昧に住すれば恐れもなくなり全てのものが救われる」とおもい至りました。講の人から「われわれをどこにつれていくのですか」という公案よりもきびしい問いを投げかけられていましたがその答えが仏様より与えられました。大慈悲の里につれていくのです。ここは絶対の安心の里です。この考えに思い至ったのは自分の力ではなくまさに佛さまのお計らいでした。

2009年6月23日火曜日

行中に佛の世界が分かる気がしました。観想中に佛様の世界がはっきりと見えました。それは気のせいというものではなく行を終わって日常生活に戻って電車にのっていても感じられます。瞑想で一度奥深い世界に入るとからだがおぼえていてすぐにその世界に入れることに似ていると思いました。ただ行をご指導いただいている先生からは「時々覚ったというような気がすることがあるがそれはまだまだの段階だ」といわれていますのでこの体験もまだまだなのでしょう。しかし今後のためにメモとして残して置きます。

2009年6月21日日曜日

心も体も不生不滅

けさ行をしていて「心もとより不生なり性相空なるがゆえに」との観想に差し掛かったとき「そうだ我々の心身は不滅なのだ」と思いました。是は自分で思ったというより仏様が示してくださったのだと思いました。われわれの不安のもとは親しい人や自分自身が死後どうなるのかということです。死でも死なないことがわかればこの世のすべての悩みは解決します。大きな安心をえることができるのです。いままで体は全てのものが全てのものの中にあるという感じがつかめつつあったのですが心までその考えが及んでいなかったのです。考えれば心身が不二なのですからこころも体も1つでそうごにあらゆるものも中にいりこんでいることはあたりまえだったのです。今日はお大師様の日でした。有難いことです。

2009年6月12日金曜日

お地蔵様の夢

大変有難い夢をみました。生家の寺の門にお祀りしているお地蔵様のまえで私と妹が拝んでいるとき、わたしがこれはお父さんの魂が入っているんだといって手を伸ばすとお地蔵様の手が動いて私の手と握手をしてくださったのです。あまりの有難さに目が覚め仏壇におまいりしました。

2009年6月9日火曜日

先祖供養

いぜんから漠然と感じていたことですが自分の運勢はかなり先祖が守って下っているのではないかとおもいます。亡くなった父や母が人生の節々にほんとうに助けてくれているような気がします。また実際さまざまな夢も見ました。どこのご先祖様も子孫を一生懸命に支えてくださっているのです。このご先祖さまの霊界での位をあげていただくべくそしてさらにパワーをつけていただくべくお経を何度もとなえたりお寺で先祖供養をしてもらうのが大切なのです。

2009年6月8日月曜日

神護寺と高山寺

6月3日神護寺と高山寺にお参りできました。とくに神護寺は以前からお大師様が結縁灌頂をされたところとして有名でしたのでお参りしたいと願っていたところです。そして突然のお願いにもかかわらず御住職が秘仏を拝観させてくださいました。ことらも空衣に如法衣でいきましたのでこころおきなく拝めました。お大師様の御住坊跡の御影堂はありがたくていつまでもお経を上げました。金堂のご本尊や如意輪観音様お地蔵様大黒様弁天様と如意宝珠も拝め夢のようでした。

高山寺も明恵上人の寺としてあこがれていたので御住坊の石水院やお釈迦様をおまつりしている金堂をおまいりできありがたさに浸りました。

2009年5月24日日曜日

不思議な縁

きょうしばらくみえなかった近所の主婦の方が護摩に参加しました。このかたは2年ほど前私の護摩の炎の写真を突然とりそれが観音様のお姿になっていたということがあった方です。その方のいうにはそのとき私は「これは長谷寺の十一面観音様です」といったのでそのとき以来さがしていたのだが先日やっと長谷寺の観音様の写真が入手できこれをみるとやはり観音様の宝冠の正面の観音さまがちょうど合掌をされていて私の護摩の炎の観音さまと同じだったと言って写真を見せてくれました。やはりそっくりでした。私がそんなことをいった覚えはないのですが、いずれにせよ有難いことでした。

2009年5月17日日曜日

護摩の説法

今日は予感どおり新しいひとが護摩に加わりました。護摩の後佛器磨きを手伝ってもらいながらこのような話をしました。

「宇宙はそれ自体エンドレスに変化している。量子力学によると物質の究極の構成要素の素粒子もある瞬間は消えて波動になっている。まさに一瞬たりともおなじ状態はない。そこから般若心経の不増不減、不垢不浄などがでてくる。我々は宇宙開闢以来エンドレスな変化を繰り返してきている。ということは我々はすべてのものと互いに交じり合っているということ。我々の中に全てがあり、全てに中にわれわれの要素もあるということになる。したがって全てのものと繋がっているのだから因果応報となり善因楽果、悪因苦果ということも出てくる。」

遍路の夢

昨夜夢をみました。お遍路をしていて道中で巨大な2m以上の遍路が弊衣破帽で歩いていてそのひとをよけて更に歩くと僧形の遍路がおおく歩いているのに出会いました。それだけなのですが不思議な夢でした。

2009年5月13日水曜日

祓詞

祓詞(はらへことば)
「掛(かけ)まくも畏(かしこ)き伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の阿波岐原(あはぎはら)に禊祓(みそぎはら)へ給(たま)ひし時(とき)に成(な)りませる祓戸大神等(はらへどのおほかみたち)諸諸(もろもろ)の禍事罪穢有(まがごとつみけがれあ)らむをば祓(はら)へ給(たま)ひ清(きよ)め給(たま)へと白(まを)す事(こと)を聞食(きこしめ)せと恐(かしこ)み恐(かしこ)も白(まを)す」を毎朝となえています。最近では毎日の食事や身の回りの自然など神様のご恩によるものなのになぜ今まで分からずにうかうか過ごしてきたのだろうかと思うようになりました。