2008年10月4日土曜日

結縁灌頂のこと

灌頂は5種類に区別される(五種三昧耶、「大日経秘密曼荼羅品」)。第一三昧耶は曼荼羅を遠くから礼拝供養させる。第二三昧耶は結縁灌頂のことで曼荼羅壇に入って投華得佛、有縁の尊号、印真言が授与される。第三三昧耶は受明灌頂、第四三昧耶は伝法灌頂、第五は秘密三昧耶。このうち結縁灌頂は略出経に「一切衆生を悉く救わんがため、その器たると否とを論ぜず、尽く引入せしめ一度入壇すれば一切の罪障遠離す。」と説く。お大師様は弘仁十三年東大寺真言院にて平城帝、十四年には冷泉院にて嵯峨帝、天長元年には仁寿殿にて淳和帝に結縁灌頂をお授けになっている。

次第は先ず塗香、洒水、覆面、次に普賢三昧耶の印を受け「おんさんまやさとばん」ととなえる。三昧耶戒といい、これは真言行者の根本態度を誓うもの。このとき「おんさんまやさとばん」ととなえるがこれは心佛衆生の三平等を信じますというもの(普賢菩薩のご真言でもあるが普賢菩薩は修行する金剛薩埵もあらわすので同じ御真言となっている)。三昧耶戒の内容は1、正法を捨てない、2、菩提心を捨てない、3、法を惜しまない、4、衆生済度に務める、の4つ。次に内陣の大壇に導かれ投華得佛する(今はすべて大日如来に投華となる)。次に小壇処において阿闍梨より三度五鈷を授けられ一印一明を授かる(省略も)。これが結縁灌頂の概略であるが要は勿体無い仏縁を頂き今後一身をなげうって衆生再度に務めますということがポイントであろうと思います。

2008年10月3日金曜日

結縁灌頂のありがたさ

10月1日高野山で結縁灌頂を同志の方々と受けてきました。ローソクの炎のなかで何十人という受者の唱える「おんさんまやさとばん」という地の底からわいてくるような声が今も耳にのこっています。また屏風の向こうから聞こえる式衆の唱える厳かな声明の響きもこの世のものとは思えません。金堂前でであった青年は四国を歩いて周りそのままこの結縁灌頂を受けるためにお山に登ってきたのだといいました。ありがたいことです。私の前にならんでいた84歳と言う老人は結縁灌頂を20回うけたが毎回ありがたくて涙がでると言いました。私も堂内で涙が出ました。しかし俗世で暮らす我々はよほど仏縁が深くなければこういう機会にはめぐり合えないでしょう。逆にこの類まれな仏縁に会えたということでわれわれは腹のそこから自信がついて高野山をあとにしたことも確かです。

2008年9月28日日曜日

新宿駅で若者に拝まれました。

9月30日福聚講の仲間と坂東5,6,7,8番を打ちおえて帰るとき中央線にのろうとすると降りてきた若者が真剣な表情で巡礼姿のわたしを拝みました。とっさのことで両手がかさと錫杖でふさがっていたためこちらは頭を下げただけになりました。一瞬のすれ違いざまに興ったことでした。四国遍路の途上では拝まれたことはありますが新宿の雑踏のなかで拝まれたのははじめてで電車に乗り込んだあと思い出してなぜか涙が出てきました。衆生のこころと仏のこころは一つだとお経にありますがまさにそのことを実体験しました。

2008年9月20日土曜日

閏年の逆打ち

今年は閏年です。閏年に四国を逆打ちするとお大師様に会えるといわれてきました。遍路の祖衛門三郎が20回遍路のあと閏年に逆打ちをして12番焼山寺のふもとでお大師様に会えたといわれています。私も3回目の四国遍路を逆打ちしました。そして18日成満しました。この間とても言葉に出来ないありがたいことがたてつずけに興りました。高野山で行を指導していただいた高僧にばったりであったり、200回遍路のかたにお接待で車に乗せていただいたうえに錦の納札を戴いたりしました。そしてなによりふしぎなことは衛門三郎の伝説が単なる伝説ではないことを身をもって体験したことです。これ以上はとても勿体無くてかけませんがこれからどのようにお大師様に御礼奉公したらいいのか考えています。

2008年9月3日水曜日

先日非常に生々しい夢を見ました。郷里の寺に帰らないかと小乗仏教の黄色い僧衣を着た私に故郷の寺の山門のところで地元の人らしき人が言うのです。わたしは東京でやっていることがあるので半々でいいなら帰ってもいいというのですがその人はそれはむりだという意味のことをいい去っていきました。何を意味するのかはかりかねています。

2008年8月30日土曜日

23年忌になる父の夢を見ました。父と妹私の3人ででかけようとするのですが妹が見つからないと言う夢です。父のゆめはまだ時々見ます。
あるひとの病気がひどくなったので遠隔で病者加持不動法を修しました。そのすぐあと電話してみると本人は電話に出てきて今急によくなったばかりだ、といったのです。有難いことでした。