今日28日(お不動様の日でもあります)10月6日に僧侶だけで受けた高尾山神護寺での結縁灌頂でご縁を戴いた仏様の種子が事務局から送られてきました。オンという金剛宝菩薩の種子でした。自分では投華のあと目隠しをとられて曼荼羅を見たとき樒の落ちたところは金剛法菩薩と思い込んでいたのです。ところがこのときの曼荼羅は常のように上下が東西になっているのでなく南北になっていたのです。従って大日如来の上は宝波羅密菩薩でそのうえが金剛宝菩薩となっていたのでした。10月4日に求聞持を無魔成満してすぐにこの結縁灌頂に臨んだため虚空蔵菩薩様にご縁を結ばせていただけるかもしれないと思っていたのですが自分で曼荼羅を見てさらに承仕の僧が「コンゴウホウボサツ」といったので曼荼羅の位置からしても金剛法菩薩だとおもいこんでいたのです。法菩薩は観音様の化身でもあり観音様と結縁したのだと思っていたのです。ところが今日やはり虚空蔵菩薩様の金剛宝菩薩様と結縁していたとわかりなにかじわーっと喜びが沸いてきました。
奇しくもこのあとかさねて郵便が届き、太龍寺で私の前に行をされたT師から求聞持行者の書がおくられてきたのです。市川覚法師「修行1200日」藤谷宗澄師「智慧をもとめて」などです。いずれも相当の行をされている内容でした。
やはり求聞持行はただの行ではありませんでした。
2009年11月28日土曜日
2009年10月9日金曜日
2009年7月23日木曜日
2009年7月18日土曜日
2009年7月14日火曜日
儀軌のすごさ
12日護摩をたいていたら多くの護摩木があがりました。その日はこのあと行にはいるので3ヶ月くらい休むことにしている最後の日でした。とくに念をいれてお不動様にこれらの方の願いを叶えてくださいと拝みました。なかにその日におこなわれる都議会議員選挙の自民党候補者の名がありました。その寺の縁者らしくいつも壁にはその議員のポスターがはってありました。わたしは自民党はきらいですが護摩札のお願いを自分の価値観でつぶすわけにいはいきません。これも虚心にお願いしました。札が燃え尽きるまでなんども御真言をおとなえしました。拝んでいるうちにそれぞれのねがいは必ず叶えられると確信しました。
翌日新聞をみるとその候補者は世田谷区で上から3番目でしたが当選していました。普段護摩には来たこともないひとでしたがお不動様のお蔭を戴いたのです。
またいつもくる若い女性も心配して拝んでいた親の状態が最近非常によくなったと感謝してくれました。
これらは私の法力でもなんでもなくすべてお不動様仏様のおかげです。そしてそのお蔭がこのようにはっきりといただけるのは偏に師から伝授をうけた儀軌どおりにおがんでいるからです。密教のすごさはありがたさここにあるということをあらためて身をもって体験させられた日でした。
翌日新聞をみるとその候補者は世田谷区で上から3番目でしたが当選していました。普段護摩には来たこともないひとでしたがお不動様のお蔭を戴いたのです。
またいつもくる若い女性も心配して拝んでいた親の状態が最近非常によくなったと感謝してくれました。
これらは私の法力でもなんでもなくすべてお不動様仏様のおかげです。そしてそのお蔭がこのようにはっきりといただけるのは偏に師から伝授をうけた儀軌どおりにおがんでいるからです。密教のすごさはありがたさここにあるということをあらためて身をもって体験させられた日でした。
2009年6月24日水曜日
どこに連れて行くのですか
今朝の行中にふと「大慈悲三昧に住すれば恐れもなくなり全てのものが救われる」とおもい至りました。講の人から「われわれをどこにつれていくのですか」という公案よりもきびしい問いを投げかけられていましたがその答えが仏様より与えられました。大慈悲の里につれていくのです。ここは絶対の安心の里です。この考えに思い至ったのは自分の力ではなくまさに佛さまのお計らいでした。
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