2008年7月4日金曜日

身近のことで切羽つまったお祈りを1ヶ月くらいつずけました。さまざまな修法、般若心経一日200巻、川崎大師に二十一回通い、本堂のお大師さま、八十八所、不動堂をお参りするなど必死の祈りをつずけました。14日目にあたる6月28日のお不動様の日には常識では考えられない大きなお蔭をいただきました。必死の祈りは必ず叶えられると感無量になりました。涙がとまりません。

2008年6月20日金曜日

自分の生きる意味を自分で考えるのは暇な愚者のなすこと

昨日警察庁が自殺者の統計を発表しました。3万3000人ということです。この背後に100万人の鬱病患者がいるといいます。インターネット上でも『生きる意味が分からない」という書き込みが多くあるようです。結論から言うと自分の生きる意味を自分で考えるのは間違っています。あるひとの生きる意味はその人の過去現在未来の関係者すべてが考えることです。過去や未来の関係者は考えようがないというかもしれませんがおおいにあります。あらゆる存在は過去現在未来の関係性を背負って存在しているのです。自分の生きるいみを自分で考えることそのことがまちがっているのです。無限の関係性のまっだなか中にいるくせに救いがたい視野狭窄に陥っている本人に分かるわけがありません。自分の生きる意味などかんがえるひまがあったら1つでも世のためになることをするべきなのです。自分の生きる意味など考え出したらそれだけでもうすくいがたい愚かな世界に入っているのです。

正法眼蔵(生死)に
「生死の中に佛あれば、生死なし。」とあります。

2008年6月14日土曜日

家族が初めての勤務さきで大ピンチに陥りました。進む事も退くこともできない今まで経験したことのない初めての事態でした。私は家族の部屋のお大師様のお姿の前で家族で理趣経、般若心経、大師宝号を唱え、行に使った数珠を家族にもたせました。するとその日のうちにお蔭があらわれ家族の勤め先のトップが突然電話をしてきてピンチを救ってくれたのです。この後もつぎつぎと周りにお助けマンがあらわれて家族の職場のピンチを救ってくれています。なんと御礼していいか分からないくらい感動しています。自宅でも仏壇と88所掛け軸の前で数種の修法を毎日朝夕行いました。その後数日して家族をピンチに陥れていた張本人の問題上司は突然転勤となりました。あまりのお蔭のはやさと奥深さにありがたさを通り越して粛然としました。川崎大師にもおまいりにいっており、その8日目ぐらいだったと思います。21回はおまいりにいくこととしています。必死のいのりは必ずかなえられます。

2008年6月7日土曜日

昨夜有難い夢を見ました。こうです。道を歩いていると多くのならず者のような人々に取り囲まれましたが、「遍路だ」というと囲んでいた人々がとたんに態度を変え、尊敬の眼になり、奥から紙を持ってきて揮毫を頼みます。わたしは『南無大師遍照金剛」と書きました。我ながら有難い夢でした。

2008年5月24日土曜日

いのちも心もまるごとひとつ

20.3.18産経新聞「正論」に村上和雄筑波大名誉教授の「全ての命は繋がっている」との論文が掲載されています。「昨年11月京都大学の山中伸弥教授らによって新しいヒト万能細胞(ips細胞)の作成成功の快挙があった。・・・ここで忘れて成らないことがある。細胞のコピーは作れるが細胞そのものはもとからtるくることはできないのである。これはたった一つの細胞ですら生きていることがいかにすごいかということである。細胞1個が生きているだけでもすごいのに私たちの身体では60兆の細胞が毎日大きな争いも無く助け合ってみごとに生きている。・・・ヒトには数百種類もの細胞がそれぞれ独自の役割を演じながら他の細胞を助け臓器の働きを支えている。臓器はそれぞれ独自の働きを演じながら個体を生かしている。・・21世紀にはこの利他的な遺伝子と名付毛手よいものの正体の一部が解明できると思っている。1953年遺伝子の本体がDNAという物質であることその構造が解明された。そして驚くべきことが明らかになった。それは細菌をふくむ微生物、昆虫、植物、動物、人間などすべての生き物は「A・T・C・G」と呼ばれる同じ遺伝子暗号をつかっていることが発見されたのである。これは地球上のあらゆる生きとし生けるものは「A・T・C・G」を含むDNAで繋がっていることを意味している。・・私は生命科学の研究に50年以上従事してきたがつくずく感心していることがある。それは細胞核中の極微の空間に万巻の書物に匹敵する遺伝子情報を書き込み一刻の休みも無く働かせている大自然の素晴らしさである。この大自然の働きをサムシンググレートと表現してきた。地球上のすべての生き物は命の元であるサムシンググレートに繋がっていてお互いに協力しあって地球生命体を構成しているのである。」
これは心についても同じです。パスカルはパンセで「人間は極大も極小も知りえない」「この無限空間の永遠の沈黙は恐ろしい」さらに『神を知ることから神を愛することがなんてまあ遠いことだろう』といいました。真理に遠い人はみなこのように思います。ぱすかるは正直な人です。
しかし一旦、われの心は先祖の心であり、あらゆる生きとし生けるものの心である。さらには仏の心でもあるとわかればそのような考えは吹っ飛びます。
いのちも心もすべておおきなひとつのものなのです。

2008年5月16日金曜日

昨日深川の不動尊に参拝その後東京般若道場で座禅しました。座っているとさきの深川不動尊のご本尊が道場の真ん中におられる気がしてなりませんでした。釈迦牟尼会 会長・師家 山本龍廣老師の提唱はわれわれは個別の心でなく一つの心であるというものでした。いまから40年以上前の昭和41年の春井の頭公園の武蔵野般若道場で芋坂光龍老師の提唱を聞いたことを思い出しました。提唱を聞きながらなぜか涙が止まりませんでした。

2008年5月5日月曜日

四国遍路でお大師様に会った

4月末から四国を逆打ちしました。5月4日朝7時前雲辺寺手前で突然墨染めの衣を着て赤い錫杖、菅笠の方に出会いました。「ようおまいり」といってくださってすれ違いました。絵に描いたお大師様のとおりのお姿で「うるう年に逆打ちするとお大師様にお会いできるというのはこのことかと鳥肌が立ちました。そのあと雲辺寺の下で軽四輪がよってきました。乗り込むと三角寺の麓まで接待してくれました。運転していた中年の農家の人は「われわれはお遍路さんをみるとお大師様と思っているのでこうしてお接待させていただくのが嬉しいので遠慮されなくていいですよ」といってくれました。三角寺では本堂、大師堂といつものごとく縁に座して理趣経を上げていると縁の下に僧侶の一行がきて私をおがむようにうしろから般若心経をあげます。あまりのもったいなさに涙をながしておりてくるとそこにはなんと高野山の加行以来指導いただいている浅井僧正がいたのです。連休で俗人のかたを数十名バスでおまいりにつれてきていたのでした。車のお接待がなければ浅井僧正にもお会いできなかったところでした。そのあと庫裏の縁で昼食をとっていると隣に座った美人の女遍路がバナナをくれました。お大師様にお会いしたはなしをすると「それはお大師様に違いありません」といって泣き出しました。なんという信仰深いひとなのかと子供の結婚相手にどうかと勝手に思い定めてて納札を交わしました。あとで母に報告するとなんとここ三角寺の先住は父と仲のよい修行仲間だったということでした。さらに三角寺のご本尊は生家の寺のご本尊と同じ十一面観音様だったのです。あまりの有難い出来事の連続にお大師様に本当に守っていただいているという今まで感じたことのない大きな安心感を得ました。神戸の息子の引越し手伝いにいっている妻に報告すると妻のほうも亡失した衣文架のくぎが引越しのトラックの荷台から奇跡的に出て来て組み立て可能になったということでした。ありがたいことがつずきました。