2009年3月21日土曜日

20日岡山の母が立ちくらみがするというので思い切って墓参りをかねて帰省してきました。その帰りこ午後高野山にもおまいりしました。とても日帰りできまいと山上寺院に宿泊をお願いしたところ満員で断られました。しかたなく携帯で最終新幹線を調べるとなんと墓参りをしても悠々と最終で帰京できることが分かりました。山上で奥の院、師僧の墓、我が家の墓の3箇所をおまいりし最後に奥の院参道にある興教大師覚鑁上人の廟にもおまいりしました。興教大師は私が夏に予定している大行の大先輩でもあるのです。

ここで不思議なことがありました。2年前ラージギル清掃の旅ではじめてしりあい昨年四国逆打の遍路行で三角寺でばったり会った高野山大のN師にまた興教大師廟前でばったりあったのです。普段人気のない廟のまえで先にお参りしているひとの顔をみるとN師だったのです。

お互い「不思議な縁を感じますね」といいつつ分かれました。

2009年3月17日火曜日

心教をあげて輪廻を実感したこと

けさ夏に行う大行に備えて伊勢神宮の天照大神様に般若心経百巻をあげているとき突然しみじみと「自分を含め生きとしいけるものはほんとうに生まれ変わり死にかわりしているのだなあ。自分もなにかの業にひかれてこの世に生まれてきているのだろうが今回の生で仏の教えにあいこうして行をさせていただけるのはほんとうになんと有難いことか。どういう前世の善行でこのようなありがたい機会に恵まれたのだろうか。不思議でしょうがない。それにしてもこの有難い仏縁をなんとかして一人でもおおくの人に広めたいものだ。」と思いました。神様にお経をあげているときこのような気持ちになるのは不思議でした。

2009年3月14日土曜日

またこの方からこういう話を聞きました。「以前意識がなくなって寝込んだおばあさんがいた。頼まれて尋ねてみるとお婆さんは意識がない中ねたきりで手だけをなにやら長方形に動かしている。そこで家のひとに此の家におまつりされてないお位牌かお墓はないですか?と尋ねるとおとで土にうもれた家出人のお墓がでてきた。これをほりだしてお祭りしてたところおばあさんはすぐに正気に返り元気になったということがあった。」不思議なことはあるものです。
先日ある先達から「親類であっても自宅の仏壇に自分の家系以外のお位牌をおまつりしているとよくない。先祖をお祭りする直系の子孫がいなくなったうちのお位牌などは寺に預けて供養してもらい縁のあるひとはその預けてある寺にお彼岸やお盆にいきおまいりすればよいのです。」と聞きました。
3月13日ご縁があり信貴山におまいりし貫主から私が夏に行う予定の秘密の行に使う貴重な仕具を頂きました。そのうえ自ら山内を案内していただき極秘の行場も案内していただきました。此のとき信貴山には私がご縁をいただいた多くの仏様が祀りされていることに気がつき強い尊崇の念を抱きました。

2009年2月18日水曜日

先祖供養

先日護国寺で涅槃会のあと数名の先祖供養をしてもらいました。うしろから拝んだのですがなにか仏様に届いた感じがしました。われわれも大きな行の前は先祖供養をします。般若心経を最低でも千巻あげます。いまある行の準備で800巻目をあげていますが非常に有難い気がします。時間は100巻で1時間かかります。でもそれだけのことは感じます。みながそれぞれ先祖供養をしていけばせんぞはつきつめればただ1対になり更にその先はミトコンドリアなどまでいくのですからここまで供養できれば世の中がかならずよくなることは当たり前と思えてきました。あとで此のとき参加した若い女性に聞くと欄間のうえにあった如意輪観音さまのお口がみなのお経にあわせて動いていたと言うのです。私もなにかお像が不思議な感じに見えたのですがこういうことがおこっていたとは・・・。不思議なことでした。

2009年2月14日土曜日

行の前の心の持ち方

8月から大きな行に入る準備に取り掛かりました。なかなかぴたっとした気持ちになれないでいたのですがやっと最近自分を明治ぐらいの行者にみたてることでその気持ちの区切りがつきました。いつまでも俗人の気持ちのままでいたので行とのギャップになじめないでいたのが分かりました。いくら身の回りの準備をしても肝心の根っこの心の部分がゆるゆるではいい行に入れないのはあたりまえだったのです。じぶんを明治期ぐらいまでの本当の行者とみたてることでなにか一本心の心棒が通ってきました。心の持ち方とは本当に不思議なものです。書などでも心がそのままあらわれるというのはこういうことだと思いました。